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松井沙麗ロングインタビュー
JK-Web先行公開

Photo&Text:本誌・藤原浩

最初は「詐欺かな」って(笑)
このチャンスを将来へ活かしたい!!

お屠蘇気分も冷めやらぬ1月半ば、日本のレース界、とりわけカート界隈にビッグニュースが駆け巡った。
「松井沙麗、Williamu Racing Academyへ」
本誌公式ウェブでも、そう銘打ったニュースを報じたのが1月18日。かねてより噂レベルで囁かれていた松井沙麗のウィリアムズ(アカデミーだとしても)加入が公式に発表されたのだった。

これまで、様々なルートで多くの日本人ドライバーがF1までたどり着き、そして挑戦を続けてきたが、わずか13歳の少女が下部組織とはいえ、F1チームとつながりを持つというニュースに世間は驚き、大きな話題として取り上げられた。この発表以降、松井は専門メディアはもちろん、一般メディアにも大きく露出していくことになる。

ところで如何にしてこの機会を得るに至ったのだろう? 1月から3月まで参戦していたWSKやチャンピオン・オブ・ザ・フューチャーといったカートレースで何を感じたのか? そして将来のビジョンとは……。4月上旬、一時帰国した松井に協力を仰ぎ、全日本開幕戦会場でロングインタビューを敢行、その想いを語ってもらった。


ー まずは、今回のドライバー/アカデミーへ加入した経緯ですが順を追っていきたいと思います。そもそものキッカケは'22年に参加した『FIA Girls on Track ‒Rising Stars』ですよね。これはJAFが希望者を募集したわけですが、松井さんがそこに応募しようと考えたキッカケは何かあったのですか。

松井:インスタグラムとかでGirls on Trackというのを知って、その年にJAFが募集をかけていたので、応募してみたら通った、という感じでした。

ー Girls on Trackに選出されると現地へ派遣されるそうですが、そこでは何を行ったのですか。

松井:最初のフランスは3日間の予定となっていて、1日目はトレーニングや体力測定のようなことをしました。2日目からはカートのテストが始まりました。

ー 最初は8人程度が集まって、そこから最終選考へ進む4人が残るといった形式だったと思います。最終に残れば後日、レース形式の選考会が行われるわけですか。

松井:そうです。2〜3ヶ月後に、今度はイタリアのフランチャコルタのサーキットを使って4人でレースを行い、そこで1人が選ばれるという感じでした。

ー 英語についてですが、応募基準に「英語が堪能な方」との項目がありました。でも聞いた話ではアプリとかを活用されていた、と。

松井:当時は自己紹介ができるかも怪しいくらいだったのでポケトークで頑張っていました。その時は「英語が堪能」とかいう部分は無視した…と言ったらアレですけど、勉強にもなるし良いか、って(笑)

ー Girls on Trackで用意されていたシャシーがKR。そこでKRチームとのコネクションができて、次はチャンピオン・オブ・ザ・フューチャー、アブダビですか?

松井:その前にイタリア選手権で9月にあったレース、フランチャコルタのレースですが、それが私の海外初レースでした。そこにウィリアムズから呼んでいただいて、その後にアブダビでした

ー 最初にウィリアムズから接触があった時の家族や周囲の反応はどうでしたか。

松井:まずウィリアムズの人からメールが来たのですが、それが去年の4月か5月くらい。本当か嘘かも分からず、周りの人は「詐欺なんじゃないか?」って言っていたぐらいです。なかなかF1チームから呼ばれることはないと思うし、本当に信じられなかった。でも、ある方がKRのチームに連絡をしてくれたら本当だって分かって、びっくりしてパニックでした(笑)

ー 来たチャンスは掴みたい、と。

松井:こんなチャンスは二度とないと思ったし、必ず将来に活かしていきたい、と思いました。

ー いよいよ1月にイギリスへ旅立ちました。チームと合流してからはカートのトレーニングとレースですか?

松井:主にWSKのレースだったり、今年はチャンピオン・オブ・ザ・フュチャー、アカデミーのレースにシリーズで出るので、基本的には毎週ほぼレースでした。テストも含めてスペインやイギリスなどに行っていて、体力トレーニングとかする時間もほとんどなく、カートに乗っていました。

ー ウィリアムズのF1チームのファクトリーやカートチームの動き等はリンクしているのですか。

松井:そこはまったく分からなくて……。私からはウィリアムズの担当の方やKRの方に連絡は取れるのですが、そこでレース結果とかがウィリアムズに行っているかとかは分からないですね。

ー 今年は1月からWSKのレースに出て表彰台にも立ちました。参加していたOKNジュニアは台数も多いし、タイム差もないという状況のなか、実際にレースに出てみた印象はどうでしたか。

松井:表彰台に立ったのは2週目のレースでした。1週目のレースが同じサウスガルダで、初めてのWSKでヤバいんだろうなって思っていて。OKNジュニアは予選落ちがなくて良かったです。もし、あったら予選落ちしちゃうんじゃないかと思っていました。ただ、速さでいえば、OKNジュニアはしっかり戦える速さがあったと思います。バトルとかスタート直後の位置取りに関しては、ヨーロッパのドライバーが凄く上手くて、そのあたりは難しかったですね。

ー そういったことは、これからレースを重ねることで身につけていこう、と。

松井:そうですね。速さが足りているとはいえ、まだOKジュニアのトップレベルには達していないし、OKNジュニアでもコンマ2とか足りていないこともあるので、速さも含めてこの一年で成長していければと思います。

ー 4月に帰国しました。日本グランプリのレースウィーク中はF1チームの内側で帯同していたようですが、内側から見たF1の世界はいかがでしたか。

松井:去年のアブダビでパドックに行かせていただいたのだけど、そのときは他国ということもあって。まず、F1を現地で見たことがなく、その時が初めてでした。だけど、結局は走っているところは見られなかったんです。だから、凄いとかは思えないというか、そこまで内側を見られなかったので分からなかった。だけど、今回は走っているところも車両も間近で見させてもらえて、ここで走りたい! と凄く思っていました。

ー これまでテレビの中で見ていたF1の世界ですが、その内側に入った時、自分とF1との距離が近づいてきているな、と感じましたか。

松井:感じました。普通なら何十万円も払わないとパドックには入れないわけですしね。チームのピットの中にはなおさら入れません。そこに自分が居られたことで、ちょっとは近づいたのかな、と思いました。


まだまだ続く松井インタビュー。さらには向こう数年の活動予定、将来の目標、夢、等々。多くを語ってもらった全文は、本誌No475(6月10日発行)にて掲載します。お楽しみに!!




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